2022年11月15日火曜日

なぜ旧生活保護法は廃止されたのか

 旧生活保護法は,1946(昭和21)年に作られたものです。現行生活保護法が成立した1950(昭和25)年に廃止されています。


法制度の多くは,改正することで対応しますが,生活保護法は旧法を廃止して,新法を作りました。


旧生活保護法の本文は,「国立公文書館デジタルアーカイブ」からダウンロードできます。

https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/listPhoto?LANG=default&BID=F0000000000000043847&ID=&TYPE=dljpeg


昭和天皇の署名が入っています。


旧生活保護法の規定を少し眺めてみます。


第1条には,「無差別平等」が規定されていますが,欠格条項があるので,現行法と異なり,「無差別平等の原理」ではありません。


・能力があるにもかかわらず,勤労の意思のない者,勤労を怠る者その他生計の維持に努めない者

・素行不良な者


また,「扶養義務者が扶養をなし得る者には,急迫した事情がある場合を除いては,その法律による保護は,これをなさない」という規定もあります。


第4条には,保護の実施機関は市町村であること,第5条には民生委員は補助機関であることが規定されています。


国家試験でおなじみのものが並んでいますね。


さて,今日のテーマは「なぜ旧生活保護法は廃止されたのか」です。


結論を言えば,1947(昭和22)年に,生存権を規定した日本国憲法が施行されたためです。


社会福祉士の国家試験で近代日本(明治以降)の救貧制度が問われるのは,恤救規則,救護法,旧生活保護法,現行生活保護法の4つです。


恤救規則から旧生活保護法までは,保護(あるいは救済)は,職権で行われました。


現行生活保護法で保護を受けることが初めて国民の権利となり,申請によって保護が行われることとなりました。


それとともに不服申立て制度が設けられました。とても重要なことです。


それでは,今日の問題です。


第23回・問題25 日本における戦後の福祉政策に関する次の記述のうち,正しいものを1つ選びなさい。

1 生活保護法の旧法(昭和21年)と新法(昭和25年)との大きな違いは,旧法では不服申立制度が設けられていたことであった。

2 児童手当法の施行は昭和22年のことであり,日本の社会福祉施策の中でも比較的早い時期に制度化された。

3 昭和54年,政府は「新経済社会7カ年計画」を発表し,「日本型福祉社会の再興」と題する提言を行った。

4 平成7年の「障害者プラン~ノーマライゼーション7か年戦略~」,平成14年の「障害者基本計画」でバリアフリー社会の実現を目指す方向が示された。

5 平成17年に障害者自立支援法が制定され,それに伴って身体障害者福祉法,知的障害者福祉法,精神保健及び精神障害者福祉に関する法律は廃止された。


かなり古い問題です。

多くの人は,こんな問題を見る機会はないのではないでしょうか。


私たちチームfukufuku21の強みは,問題が非公開だった第1・2回を除いて,今まで出題されたすべての問題を知っていることです。


さて,この問題の正解は,選択肢4です。

4 平成7年の「障害者プラン~ノーマライゼーション7か年戦略~」,平成14年の「障害者基本計画」でバリアフリー社会の実現を目指す方向が示された。


現在では,障害者プラン,エンゼルプランの内容が問われることはないように思いますが,もし出題されたとしても,この問題のように,ほかの選択肢を丁寧に消去していけば,正解できるようにするはずです。恐れることはありません。


それではそのほかの解説です。


1 生活保護法の旧法(昭和21年)と新法(昭和25年)との大きな違いは,旧法では不服申立制度が設けられていたことであった。


前説で紹介したように,不服申立制度が設けられたのは,現行法です。


旧法の内容を知らずとも,現行法では不服申立制度が設けられていることは多くの人は知っているはずなので,消去することが可能です。


2 児童手当法の施行は昭和22年のことであり,日本の社会福祉施策の中でも比較的早い時期に制度化された。


わが国の児童手当は,諸外国に比べると遅くできたのが特徴です。


外国にあるのに,日本にはなかったことで,諸外国との比較によって児童手当の創設を求める声に応える形で成立したからです。1971(昭和46)年にようやく成立しました。


しかし児童手当法はどうも不思議な法制度です。


法で児童は「18歳に達する日以後の最初の3月31日までの間にある者」と規定されているのに,児童手当が実際に支給されているのは,「15歳に達する日以後の最初の3月31日まで」となっています。


法の定義と支給対象が異なるところが要注意です。


この選択肢の元ネタは,先日紹介した「第21回・問題101 児童福祉分野の法律等の制定に関する次の記述のうち,年代の古い順に並べたときに第3番目に位置するものとして,正しいものを一つ選びなさい」という問題です。


3 昭和54年,政府は「新経済社会7カ年計画」を発表し,「日本型福祉社会の再興」と題する提言を行った。


この出題は正解に少しかすっているので,難しいです。


新経済社会7カ年計画で示されたのは,正しくは「日本型福祉社会の再興」ではなく「日本型福祉社会の実現」です。


ひどい問題だと思いませんか。


この出題が下書きになった問題があります。


第34回・第22回 次の記述のうち,1970年代後半の「福祉の見直し」が提唱された時期に示された「新経済社会7カ年計画」の内容として,正しいものを1つ選びなさい。

1 社会保障制度を「すべての国民が文化的社会の成員たるに値する生活を営むことができるようにすること」と新たに定義した。

2 社会保障を,所得階層の観点から「貧困階層に対する施策」「低所得階層に対する施策」「一般所得階層に対する施策」に区分した。

3 社会福祉施設への需要の増加を踏まえて,5か年程度の期間の社会福祉施設緊急整備計画の樹立とその実施を求めた。

4 個人の自助努力と家庭や近隣・地域社会等との連携を基礎とした「日本型ともいうべき新しい福祉社会の実現を目指す」ことを構想した。

5 要介護高齢者の増加を背景に,介護サービス見込量の集計を踏まえ,訪問介護等の介護サービスの具体的数値目標を定めた。


正解は,選択肢4です。

4 個人の自助努力と家庭や近隣・地域社会等との連携を基礎とした「日本型ともいうべき新しい福祉社会の実現を目指す」ことを構想した。


これが,新経済社会7カ年計画に示された内容だということになります。


5 平成17年に障害者自立支援法が制定され,それに伴って身体障害者福祉法,知的障害者福祉法,精神保健及び精神障害者福祉に関する法律は廃止された。


この選択肢を選ぶ人は,かなりのあわてんぼう,あるいは,知識がない人でしょう。


身体障害者福祉法,知的障害者福祉法,精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(精神保健福祉法)は,いずれも廃止されず,今も機能しています。

2022年11月14日月曜日

行旅病人及行旅死亡人取扱法とは

行旅病人及行旅死亡人取扱法は,1899年・明治32年にできた法律ですが,なんとなんと今も現役です。


この法律は,行旅病人と行旅死亡人の取り扱いを市町村が行うことを定めたものです。


行旅とは,本来は旅人を意味しますが,この法律では,住所や氏名がよく分からない人を指し,対象は旅人に限りません。


住所や氏名がよく分からない病人がいた場合は,市町村が救護します。

住所や氏名がよく分からない死亡人がいた場合は,市町村が火葬します。


現在だと,身元不明の遺体が発見された場合に適用されます。


それでは,今日の問題です。


第30回・問題24 次のうち,日本の社会福祉制度に関する歴史の記述として,正しいものを1つ選びなさい。

1 恤救規則(1874年(明治7年))は,政府の救済義務を優先した。

2 行旅病人及行旅死亡人取扱法(1899年(明治32年))は,救護法の制定によって廃止された。

3 感化法の制定(1900年(明治33年))を機に,内務省に社会局が新設された。

4 救護法(1929年(昭和4年))における救護施設には,孤児院,養老院が含まれる。

5 児童虐待防止法(1933年(昭和8年))は,母子保護法の制定を受けて制定された。


歴史が苦手な人は,年号を覚えるのが苦手なように思います。


以前は,以下のような出題がありました。


第21回・問題101 児童福祉分野の法律等の制定に関する次の記述のうち,年代の古い順に並べたときに第3番目に位置するものとして,正しいものを一つ選びなさい。

1 「児童手当法」が制定される。

2 「児童扶養手当法」が制定される。

3 「児童虐待の防止等に関する法律」が制定される。

4 「次世代育成支援対策推進法」が制定される。

5  「児童憲章」が制定される。


年号を覚えなければならないと指導する先生は,こういった問題が出題されていた頃に資格を取った人ではないかと思います。


しかし,近年の社会福祉士の国家試験では,年号を覚えておかなければ解けない問題はほとんどありません。


必要以上に恐れることはありません。覚えておきたいのは,おおよその時代です。それで十分です。

この問題の正解は「1 「児童手当法」が制定される」です。昭和40年代にできました。


それでは,今日の問題の解説です。


1 恤救規則(1874年(明治7年))は,政府の救済義務を優先した。


恤救規則は,相扶と地縁や血縁による相互扶助(隣保いう)が優先され,誰にも頼ることができない「無告の窮民」を救済しました。


政府が救済義務を負うことになったのは,日本国憲法で生存権を規定してからです。つまり,現行生活保護法だということになります。


2 行旅病人及行旅死亡人取扱法(1899年(明治32年))は,救護法の制定によって廃止された。


今日のテーマが登場しました。この法律は前説の通りに現役です。


この選択肢には,実は元ネタが存在しています。


第24回・問題59・選択肢1

死亡した被保護者が単身世帯の場合には,行旅死亡に準じて取り扱われ葬祭扶助は行われない。


行旅死亡というのが,行旅死亡人です。行旅病人及行旅死亡人取扱法が現役である理由は,身元不明者の死亡を取り扱っているからです。


3 感化法の制定(1900年(明治33年))を機に,内務省に社会局が新設された。


感化法は,感化院(現在の児童自立支援施設)を規定したものです。


内務省社会局は,その後分離独立して厚生省となったものですが,歴史を紐解くと,軍事救護法(1917年)の事務を取り扱うために内務省に救護課が置かれたのが始まりです。


その後,取り扱い事務を増やすために社会課となり,社会局に格上げされ,1938年に厚生省になりました。


4 救護法(1929年(昭和4年))における救護施設には,孤児院,養老院が含まれる。


これが正解です。


救護法は自宅救護が基本ですが,救護施設(現在の保護施設のこと)が規定されたことが重要です。


この時に,孤児院(現在の児童養護施設),養老院(現在の養護老人ホーム)などが規定されました。


5 児童虐待防止法(1933年(昭和8年))は,母子保護法の制定を受けて制定された。


戦前の児童虐待防止法は,世界大恐慌で疲弊した農村などで起きた子どもの身売りなどの問題に対応するためのものです。


一方,母子保護法は,1937年(昭和12年)に制定されたものです。この時期に日中戦争が起こり,母性には丈夫な赤ちゃんを産んでもらうために制定されたものです。


母子保護法は,女性活動家などが制定を求めて運動しましたが,制定のきっかけは,母性の保護というよりは,戦争がらみで丈夫な兵士を必要とされたことです。


戦争は良いことではありませんが,日本の社会保障制度の発展を考えたとき,戦争がらみで制定されたものがあり,現在でもそれが残っているものがあります。


たとえば,国民健康保険,厚生年金がその例です。

2022年11月13日日曜日

わが国の救貧制度の歴史

社会福祉士の国家試験で,近代日本(明治以降)の救貧制度が問われるのは,

①恤救規則

②救護法

③旧・生活保護法

④新・生活保護法

の4つです。


それでは前説なしにそれぞれに関連した今日の問題です。


第27回・問題25 救貧制度の対象者として,正しいものを1つ選びなさい。

1 恤救規則(1874年(明治7年))では,身寄りのある障害者も含まれた。

2 軍事救護法(1917年(大正6年))では,戦死した軍人の内縁の妻も含まれた。

3 救護法(1929年(昭和4年))では,労働能力のある失業者も含まれた。

4 旧生活保護法(1946年(昭和21年))では,素行不良な者も含まれた。

5 現行生活保護法(1950年(昭和25年))では,扶養義務者のいる者も含まれる。


この問題はセンスの良いものです。

歴史問題のように見せかけて,実は現在の制度が問われています。

それで正解はわかってしまいますが,選択肢5が正解です。

5 現行生活保護法(1950年(昭和25年))では,扶養義務者のいる者も含まれる。


救護法及び旧生活保護法では,扶養義務者のいる者は救済しませんでした。

しかし,現行生活保護法で,補足性の原理「扶養義務者の扶養及び他の法律に定める扶助は,すべてこの法律による保護に優先して行われるものとする」が規定されていますが,扶養義務者が扶養できない場合は,保護の対象となります。


それでは,ほかの選択肢を確認します。


1 恤救規則(1874年(明治7年))では,身寄りのある障害者も含まれた。


恤救規則の対象は,無告の窮民(頼るものがない人)です。身寄りのあるものは救済しませんでした。


2 軍事救護法(1917年(大正6年))では,戦死した軍人の内縁の妻も含まれた。


軍事救護法の対象は,日露戦争で多く発生した傷痍軍人(戦死も含む)本人,その家族です。


内縁の妻が対象になるかはわからないと思いますが,官僚制の一つには文書主義です。文書がない内縁の妻を救済しようと思っても,内縁関係を証明できないのでかなりハードルが高くなってしまいます。という理由ではないと思いますが,ともかく内縁の妻は対象外でした。

★官僚制:ウェーバーが示したもので,組織を機能させる原理のこと。


3 救護法(1929年(昭和4年))では,労働能力のある失業者も含まれた。


救護法及び旧生活保護法では,労働能力のある失業者は含まれていませんでした。


国家試験にはたった一度しか出題されたことはありませんが,,労働能力のある失業者がわが国で初めて対象となったのは,「生活困窮者緊急生活援護要綱」(1945・昭和20年)です。

そういった意味ではこの要綱は重要ですが,国家試験でほとんど出題されていないのは,法ではないからなのかもしれません。


4 旧生活保護法(1946年(昭和21年))では,素行不良な者も含まれた。


救護法及び旧生活保護法では,素行不良者は,救済の対象とされませんでした。

旧生活保護法は,無差別平等が規定されていましたが,実際には,救護法に引き続き,欠格条項が規定されていました。現生活保護法と異なり,旧生活保護法の無差別平等は,原理ではないからです。


旧生活保護法

第一条

この法律は,生活の保護を要する状態にある者の生活を国が差別的又は優先的な取扱をなすことなく平等に保護して,社会の福祉を増進することを目的とする。

第二条

左の各号に該当する者には,この法律による保護は。これをなさない。

一 能力があるにもかかわらず,勤労の意思のない者,勤労を怠る者その他生計の維持に努めない者

二 素行不良な者


これに対して,現生活保護法には「無差別平等の原理」が規定されています。


現生活保護法

第二条 すべて国民は、この法律の定める要件を満たす限り、この法律による保護(以下「保護」という。)を、無差別平等に受けることができる。


原理とは,例外を認めないものです。つまり,困窮に至った理由は問われることなく,困窮の事実に基づき,最低限度の生活を保障するために保護を実施します。

生活に問題がある場合には,保護を実施したあとで「自立の助長」に向けて,必要な指導,指示が行われます。

なお,自立とは,経済的自立に限定されるものではありません。
自立には,自分のことは自分でできる「日常生活自立」,社会の一員として生活できる「社会生活自立」もあります。

就労できない高齢者や障害者などは就労による経済的自立を望むことはできません。しかし,この考え方によれば,そういった被保護者であっても自立は可能です。

2022年11月12日土曜日

世界初の失業保険制度はイギリスが発祥です

社会保険は,19世紀にドイツで誕生しました。

 

ドイツでは,

疾病保険

労災保険

年金保険

を次々に成立させていきます。

現在のドイツは,このほかに失業保険と介護保険があります。

 

失業保険は1927年,介護保険は1994年に作られました。

 

5つの社会保険をもつのは,日本と同じです。

 

世界で初めての失業保険は,イギリスで1911年の国民保険法で誕生しました。

 

この国民保険法は,健康保険と失業保険で構成されています。

 

失業保険は,ベヴァリッジ報告で知られるベヴァリッジが担当しています。歴史はつながっています。

 

それでは今日の問題です。

 

第31回・問題24 イギリスにおける福祉政策の歴史に関する次の記述のうち,正しいものを1つ選びなさい。

1 エリザベス救貧法(1601年)により,全国を単一の教区とした救貧行政が実施された。

2 労役場テスト法(1722年)は,労役場以外で貧民救済を行うことを目的とした。

3 ギルバート法(1782年)は,労役場内での救済に限定することを定めた。

4 新救貧法(1834年)は,貧民の救済を拡大することを目的とした。

5 国民保険法(1911年)は,健康保険と失業保険から成るものとして創設された。

 

それでは解説です。

 

1 エリザベス救貧法(1601年)により,全国を単一の教区とした救貧行政が実施された。

 

エリザベス救貧法では,教区ごとに救貧行政が実施されていました。

 

全国を単一の教区連合とした救貧行政が実施されたのは,新救貧法です。

 

2 労役場テスト法(1722年)は,労役場以外で貧民救済を行うことを目的とした。

 

労役場テスト法は,この時初めて出題されたものです。労役場テスト法がどんなものであるかはわからなくても,労役場以外で貧民救済の道を開いたのは,ギルバート法です。

 

労役場テスト法は,労役場で貧民救済を行うことを目的としたものです。

 

3 ギルバート法(1782年)は,労役場内での救済に限定することを定めた。

 

先述のように,ギルバート法は,労役場以外で貧民救済の道を開いたものです。

 

4 新救貧法(1834年)は,貧民の救済を拡大することを目的とした。

 

新救貧法では,劣等処遇の原則が掲げられました。救済する対象の救済は,自活する最下層よりも劣ったものでなければならないとするものです。このように救済は拡大していません。

 

5 国民保険法(1911年)は,健康保険と失業保険から成るものとして創設された。

 

これが正解です。イギリスの国民保険法は,健康保険と失業保険から構成されます。

この失業保険が世界の失業保険となりました。

2022年11月11日金曜日

ベヴァリッジ報告について

 「ゆりかごから墓場まで」で知られるベヴァリッジ報告が出されたのは,1942年のことです。


ベヴァリッジ報告が出版されると,かなり売れました。同報告で示された社会保障制の実現を夢見た国民が多かったことを示していると言えます。


当時のチャーチル政権は,このことに目をつけて,第二次世界大戦,特に対ドイツ戦での宣伝で利用しました。


国が豊かになれば国民も豊かになると考えるファシズム(全体主義)に対抗したのが「ゆりかごから墓場まで」のスローガンです。どちらが軍隊の士気を鼓舞するかを率直に考えるとファシズムよりもベヴァリッジ報告の「ゆりかごから墓場まで」ではないかと思います。


戦後に誕生した労働党政権が,社会保障に関する施策を次々と実現していきます。


ベヴァリッジ報告が示した社会保障制度の構成は以下の3つです。


①社会保険制度

 ベヴァリッジ体制の中心となるものです。

 社会保険制度は,5大巨悪のうちの「窮乏」を解決するためのものです。単一拠出,単一給付による社会保険制度です。


ベヴァリッジが目指したのは,旧制度(つまり救貧法)の時代にあったスティグマを生み出さない制度です。


その点,社会保険制度は,保険料を先に納入したうえで保険事故の発生によって給付されるので,スティグマを生み出しません。逆に権利性が強くなります。


②国民扶助制度

社会保険料を拠出できないものに対して,税負担で扶助するものです。この場合はミーンズテストを実施するので,スティグマを生み出してしまいます。


③任意保険制度

 社会保険制度と国民扶助制度は,ナショナルミニマム(国家による最低限度の生活保障)を実現するためのものです。

 任意保険は,ナショナルミニマム以上のものを望む場合に任意で加入するものです。


それでは,今日の問題です。


第32回・問題25 「ベヴァリッジ報告」に関する次の記述のうち,最も適切なものを1つ選びなさい。

1 福祉サービスの供給主体を多元化し,民間非営利団体を積極的に活用するように勧告した。

2 従来の社会民主主義とも新自由主義とも異なる「第三の道」路線を選択するように勧告した。

3 ソーシャルワーカーの養成・研修コースを開設して,専門性を高めるように勧告した。

4 衛生・安全,労働時間,賃金,教育で構成されるナショナル・ミニマムという考え方を示した。

5 社会保障計画は,社会保険,国民扶助,任意保険という三つの方法で構成されるという考え方を示した。


知識がないと正解するのは,かなり難しい問題です。消去法で答えを探し出すことができないからです。


それでは解説です。


1 福祉サービスの供給主体を多元化し,民間非営利団体を積極的に活用するように勧告した。


これは,ウルウェンデン(ウォルフェンデン)報告のことを述べたものです。


2 従来の社会民主主義とも新自由主義とも異なる「第三の道」路線を選択するように勧告した。


第三の道は,ギデンズが提唱したもので,ブレア政権の施策として取り入れられました。


3 ソーシャルワーカーの養成・研修コースを開設して,専門性を高めるように勧告した。


これは,ヤングハズバンド報告のことを述べたものです。ヤングハズバンド報告が出題されたのは,第18回国家試験以来のことです。「お帰りなさい」という気持ちになりました。


4 衛生・安全,労働時間,賃金,教育で構成されるナショナル・ミニマムという考え方を示した。


これは,『産業民主制論』でウェッブ夫妻が述べたものです。


ウェッブ夫妻が提唱したナショナルミニマムは,労働者保護のためというよりも産業効率の向上の視点に立ったものでした。これに息を吹き込んだのが「ベヴァリッジ報告」です。


5 社会保障計画は,社会保険,国民扶助,任意保険という三つの方法で構成されるという考え方を示した。


これが正解です。


今だとこれが答えだとわかりますが,この問題が出題された当時はなかなか難しかったのではないかと思います。


特に,選択肢4に混乱しそうなものが出題されているからです。

この問題を正解するためには,選択肢4を消去できることにかかっていたと言えるでしょう。国家試験の難しさを実感されてくれる問題です。

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