社会保険は,19世紀にドイツで誕生しました。
ドイツでは,
疾病保険
労災保険
年金保険
を次々に成立させていきます。
現在のドイツは,このほかに失業保険と介護保険があります。
失業保険は1927年,介護保険は1994年に作られました。
5つの社会保険をもつのは,日本と同じです。
世界で初めての失業保険は,イギリスで1911年の国民保険法で誕生しました。
この国民保険法は,健康保険と失業保険で構成されています。
失業保険は,ベヴァリッジ報告で知られるベヴァリッジが担当しています。歴史はつながっています。
それでは今日の問題です。
第31回・問題24 イギリスにおける福祉政策の歴史に関する次の記述のうち,正しいものを1つ選びなさい。
1 エリザベス救貧法(1601年)により,全国を単一の教区とした救貧行政が実施された。
2 労役場テスト法(1722年)は,労役場以外で貧民救済を行うことを目的とした。
3 ギルバート法(1782年)は,労役場内での救済に限定することを定めた。
4 新救貧法(1834年)は,貧民の救済を拡大することを目的とした。
5 国民保険法(1911年)は,健康保険と失業保険から成るものとして創設された。
それでは解説です。
1 エリザベス救貧法(1601年)により,全国を単一の教区とした救貧行政が実施された。
エリザベス救貧法では,教区ごとに救貧行政が実施されていました。
全国を単一の教区連合とした救貧行政が実施されたのは,新救貧法です。
2 労役場テスト法(1722年)は,労役場以外で貧民救済を行うことを目的とした。
労役場テスト法は,この時初めて出題されたものです。労役場テスト法がどんなものであるかはわからなくても,労役場以外で貧民救済の道を開いたのは,ギルバート法です。
労役場テスト法は,労役場で貧民救済を行うことを目的としたものです。
3 ギルバート法(1782年)は,労役場内での救済に限定することを定めた。
先述のように,ギルバート法は,労役場以外で貧民救済の道を開いたものです。
4 新救貧法(1834年)は,貧民の救済を拡大することを目的とした。
新救貧法では,劣等処遇の原則が掲げられました。救済する対象の救済は,自活する最下層よりも劣ったものでなければならないとするものです。このように救済は拡大していません。
5 国民保険法(1911年)は,健康保険と失業保険から成るものとして創設された。
これが正解です。イギリスの国民保険法は,健康保険と失業保険から構成されます。
この失業保険が世界の失業保険となりました。