敵を知れば,百戦危うからず
国家試験問題がどのように設計されているのかを知ることは,覚える時もポイントを外さずに済みます。
つまり遠回りせずに済むということです。
ある方が面白い表現を使っていたので,それを使わせていただきますが,どんなに勉強しても「はじめまして問題」が出題されます。
それは解けたらラッキーなレベルの問題と言えます。
しかし,試験センターは,そんな中にも必ずヒントを含めて出題しています。
さて,今日の問題です。
第25回・問題56
障害者福祉制度の発展過程に関する次の記述のうち,正しいものを1つ選びなさい。
1 1997(平成9)年から2000(平成12)年にかけて社会福祉基礎構造改革が行われ,障害種別ごとに分かれていた制度が一元化された。
2 2003(平成15)年には,支援費制度が施行され,身体障害者,知的障害者,精神障害者,障害児について,従来の措置制度に代わり利用契約制度が導入された。
3 2005(平成17)年に制定された障害者自立支援法では,市町村の支給決定の手続きにおいて,市町村審査会が行う障害程度区分に関する審査及び判定の結果に基づき,障害程度区分の認定が行われるようになった。
4 「障害者の権利に関する条約」の批准に向けた国内法の整備に向けて,2009(平成21)年に「障がい者制度改革推進会議」が厚生労働省に設置された。
5 2011(平成23)年に改正された障害者基本法において,「障害を理由として,差別することその他の権利利益を侵害する行為をしてはならない」とする障害者差別禁止が規定された。
社会福祉士の国試の特徴は,出題範囲がとても広いことです。
一見するとそれは受験生にとって不利に思えるかもしれませんが,その分,深掘りして出題しにくいことにつながります。
国試問題は,適度に難しいのが適切です。
深掘りしないという原則を考えた時,知らない問題は,正解以外の選択肢として出題するために作ったものが多いことに気が付くことでしょう。
さて,今日の問題は,障害者の福祉の歴史問題です。冷静に問題を読めば解ける,比較的難易度の低い問題かもしれません。
しかし,そんな中にも落とし穴があるので,注意が必要です。
それでは詳しく見て行きましょう。
1 1997(平成9)年から2000(平成12)年にかけて社会福祉基礎構造改革が行われ,障害種別ごとに分かれていた制度が一元化された。
押さえておきたいポイントは,障害者福祉の発展は高齢者よりも遅かったことです。
役人は本当に頭がいいなぁ,と思ってしまうストーリーがそこにあります。
当初,介護保険を導入する際,高齢者と障害者は一つの制度として作ろうと考えました。
しかし,障害者団体などからの反対があり,高齢者の介護保険を先にスタートさせます。
介護保険がうまくスタートしたことから,障害者福祉も措置ではなく契約制度が良いだろうと思うようになって支援費制度が導入します。
次は法律を作ります。それが障害者自立支援法です。
この法律は,現・障害者総合支援法となって存続しています。
時の政権は,自立支援法を廃止して,新しい制度に移行させようと画策しましたが,緻密なストーリーによって積み上げてきた制度を簡単には放棄することは優秀な官僚は決して許しません。
結局出来たのは,法律名を変えたマイナーチェンジの現行法です。
その流れで分かる通り,現行法による制度の基本は,自立支援法の時に出来上がっていることになります。
さて,問題に戻ります。
支援費制度の時は,まだ精神障害者は含まれていませんでした。
精神障害者を含めて3障害が一元化されたのは,自立支援法の時です。
2000年にはまだ一元化はされていません。
よって×。
支援費制度の実施主体は,市町村でした。そのため,都道府県が行っていた,精神障害者,児童の入所措置は,支援費制度の対象とはなりませんでした。
精神通院医療の支給決定,児童の入所措置は,現在も都道府県の役割のままです。
2 2003(平成15)年には,支援費制度が施行され,身体障害者,知的障害者,精神障害者,障害児について,従来の措置制度に代わり利用契約制度が導入された。
支援費制度は,2003~2005年のわずか3年しかなかった制度。
障害福祉にも契約制度が導入されたことは,介護保険よりも3年遅れましたが,とても画期的なものでした。
支援費制度の時は,精神障害者は対象ではありませんでした。理由を押さえると覚えやすいのではないかと思います。
よって×。
先に書いたように,障害児でも支援費制度の対象となったのは,通所です。入所は,いまだに都道府県の役割のままです。
児童は,通所は市町村,入所は都道府県,というように役割が分担されていることを覚えておきたいです。
精神障害者は,障害者自立支援法の時に,都道府県から市町村に権限移譲されましたが,精神通院医療の支給決定は,今も都道府県の役割のままです。
このように,覚えにくいところは,確実に覚えておかなければなりません。
3 2005(平成17)年に制定された障害者自立支援法では,市町村の支給決定の手続きにおいて,市町村審査会が行う障害程度区分に関する審査及び判定の結果に基づき,障害程度区分の認定が行われるようになった。
本来なら,2000年に介護保険と同時に同様の制度が発足しても良かったのですが,慎重に策を練って導入したのが,自立支援法の時です。
よって正解です。
制度は行き当たりばったりではなく,日本の優秀な官僚によって慎重に制度設計がなされます。
国会議員も国民も既に描かれているレールに乗せられていることに気づかずにいるだけのような気がします。
4 「障害者の権利に関する条約」の批准に向けた国内法の整備に向けて,2009(平成21)年に「障がい者制度改革推進会議」が厚生労働省に設置された。
障害者権利条約の批准には,長い時間がかかりました。
批准すると法的責任を伴うので,権利条約にのっとった法の整備が必要だからです。
障がい者制度改革推進会議は「はじめまして問題」です。
しかし国際条約批准に向けての動きが,一省庁だけに任されるはずはありません。
設置されたのは,厚労省ではなく,内閣府でした。
よって×。
もし,厚労省に設置されたのなら,当たり前すぎて出題しないでしょう。そして出題するなら,設置された直後であるように思います。
5 2011(平成23)年に改正された障害者基本法において,「障害を理由として,差別することその他の権利利益を侵害する行為をしてはならない」とする障害者差別禁止が規定された。
選択肢3を正解にできなかった場合,もっとも多くの人が引っかかったのは,この選択肢だと思います。
先述のように障害者権利条約批准のために多くの法整備を必要としました。
その中には,障害者差別についての規定も含まれていると考えても違和感はないはずです。
うまく出題しています。
しかもこの選択肢をこの時点で出題しておくことで,障害者差別禁止については,障害者差別解消法が出来上がる前から障害者基本法で規定されている旨の出題が今後可能となったわけです。
さて,それでは障害者差別禁止が規定されたのがいつのことでしょうか。
答えは,2004年の法改正です。
よって×。
<今日の一言>
国試問題には,出題する意義と意図があります
国家試験は,厚労省の指定を受けた公益財団法人社会福祉振興・試験センターが行っています。
国家試験の作成には,厚労省もかかわります。
高級官僚の世界はよく分かりませんが,社会福祉士の国試に限れば,官僚が何を考えているのかが垣間見えてくるような気がしませんか。
国試会場は独特の雰囲気です。
受験を楽しむことはできないかもしれません。
しかし,今日の問題のように裏の世界が見えてくる問題を見つけられるととても楽しいです。