社会調査の方法には,量的調査と質的調査があります。
量的調査は,アンケートなどで得られたデータを分析していきます。
質的調査は,インタビューや観察で得られたデータを分析していきます。
今回も質的調査を取り上げます。
質的調査で得られたデータ(質的データ)の整理と分析には,様々な方法がありますが,社会福祉士の国家試験で取り上げられる中心をなしているのは「KJ法」と「グラウンデッド・セオリー・アプローチ(GTA)」です。
これをしっかり押さえておけば,多くの問題は正解できますが,ほかの手法も押さえておけば,正解にたどり着く確率は上がります。
今回は,今まで何度か出てきているエスノグラフィを取り上げたいと思います。
量的調査では,社会の動向を数値的に理解することができます。
数値は客観性を持ちますが,適切に取り扱うことでさらに説得力を持つでしょう。
質的調査は,量的調査ではつかむことができない個別の理解をしていくための手法といってもよいでしょう。
例えば,量的調査で,車の販売台数の中で,赤い車がよく売れていることがつかめたとします。
質的調査は,赤い車を購入する人を分析します。
エスノグラフィは,文化人類学の中から創出されたもので,直訳すると民族の記録で,「民族誌」と呼ばれるものです。
当初は,参与観察によって,民族を研究するところから始まりました。
現在は,文化人類学にとどまらず,観察から得られる質的データ全体を指します。
エスノグラフィによく似た言葉にエスノメソドロジーがあります。
エスノメソドロジーは,人の行為を理解するため人の行為を分析する方法です。
エスノメソドロジーの方法の一つに会話分析があります。
会話は,その内容だけではなく,出てくる頻度,相手との掛け合いなどに意味があります。
以前から気になっているのは,テレビなどの天気予報で「雨降りそうです」など,「が」が抜けることが多いことです。
普段の会話では抜けることはないのに,天気のことになると抜けることが多いようです。地域性も関連しているかもしれません。
こんなことも会話分析すれば,見えてくるのかなぁと思ったりもします。
それでは今日の問題です。
第30回・問題90 質的調査に関する次の記述のうち,最も適切なものを1つ選びなさい。
1 エスノメソドロジーの会話分析は,民族の文化を描きだす方法である。
2 グラウンデッド・セオリー・アプローチでは,分析を進めた結果としてこれ以上新しい概念やカテゴリーが出てこなくなった状態を,理論的飽和と呼ぶ。
3 非構造化面接とは,インタビューの質問項目をある程度計画しておき,話の流れに応じて柔軟に聞き取りをしていく方法である。
4 トライアンギュレーションとは,調査者と調査対象者が協力して行う調査方法である。
5 フォーカスグループインタビューとは,無作為に選ばれた調査対象者を集め,グループで聞き取りを行う方法である。
ここ数日書いてきたことをしっかり覚えている人は,この問題を見た時,消去法ではなく答えがすぐわかることでしょう。
国試は難しく感じるかもしれませんが,多くの問題はしっかり覚えておけば解けるようになっています。
しかし,勉強が足りない人は,ちんぷんかんぷんなはずです。
資格試験は,それでよいと思います。
勉強した人が解けて,勉強が足りない人は解けない。
これが理想形です。
勉強した人が解けなくて,勉強が足りない人でも解ける。
難易度が高い問題は,往々にしてこのようなことが起きます。
それではだめなのです。
それでは解説です。
1 エスノメソドロジーの会話分析は,民族の文化を描きだす方法である。
これは間違いです。
この文章を読むと「エスノメソドロジーの会話分析」という手法があるように思われるかもしれませんが,そのようなものはありません。
正確にいうと,「会話分析によるエスノメソドロジー」,あるいは「エスノメソドロジーのうちの会話分析」といった方が適切でしょう。
エスノメソドロジーという言葉で,この問題から跳ね返されてしまった人は多かったと思いますが,民族の文化を描きだす方法は,エスノグラフィです。
2 グラウンデッド・セオリー・アプローチでは,分析を進めた結果としてこれ以上新しい概念やカテゴリーが出てこなくなった状態を,理論的飽和と呼ぶ。
これが正解です。
GTAは,データの収集と分析を繰り返していきます。
これ以上何も出てこない状態が理論的飽和です。GTAでは,この状態を目指していきます。
思いつくままにコード化する「オープン・コーディング」とともに「理論的飽和」はGTAを行うときに重要なものです。
3 非構造化面接とは,インタビューの質問項目をある程度計画しておき,話の流れに応じて柔軟に聞き取りをしていく方法である。
これは間違いです。
インタビューの質問項目をある程度計画しておき,話の流れに応じて柔軟に聞き取りをしていく方法は,半構造化面接です。
非構造化面接は,あらかじめ質問項目を決めないで,面接を進めていく方法です。
構造化面接は。あらかじめ決めておいた質問項目沿って面接を進めていく方法です。
選挙の後に行われる出口調査は,構造化面接で行われます。
半構造化面接は,その中間にあります。
半構造化面接は,言葉からイメージすることができないので,国試では間違い選択肢として出題されることが多い傾向にあります。
4 トライアンギュレーションとは,調査者と調査対象者が協力して行う調査方法である。
これも間違いです。
トライアンギュレーションは,調査の妥当性を高めるために,違う切り口で調査を行う方法です。
別な調査者が同じ調査を行う方法もあります。
5 フォーカスグループインタビューとは,無作為に選ばれた調査対象者を集め,グループで聞き取りを行う方法である。
これも間違いです。
フォーカスグループインタビューは,ある傾向をもったグループに対して行う面接法です。
フォーカスグループインタビューに限らず,グループインタビューは,多くの場合,有意抽出で行います。
量的調査の場合,母集団の様子を正しくとらえるために無作為抽出が必要です。
しかし,質的調査は,母集団の性質を探るための調査手法ではありません。
そのために,無作為抽出を行う意味がないからです。
フォーカスグループインタビューの場合は,例えば,クラスの中で,宿題を忘れてくる人たちに集まってもらって,面接をすすめます。
他の人が質問に答えるのを聞くことによって,新たな気づきが得られることが期待されます。
グループワークもグループインタビューも集団力学(グループダイナミクス)の効果を期待するものですが,合意形成を目指すものではないことを覚えておきたいです。
<今日の一言>
社会福祉士の国試は,決して簡単なものではありません。
しかし,一つひとつを分析するとそれほど難しくないことがわかります。
国試当日,大切なことは,ヒントや解説なしで問題が解ける力をもつことです。
それには,確かな知識が必要です。
先輩などのアドバイスでは,参考書は新しいものが良い,という人もいるでしょう。
しかし,最新の参考書でなくても,去年のものでも十分使えます。
もう少しすると,国試の合格発表があります。
その後に中古市場にたくさん出てくるでしょう。
6月まで待って勉強するか,今勉強を始めるか。
3か月の違いはとても大きいです。
確かな知識は,反復勉強を行うことで身につけられます。
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