近代日本は,明治維新から始まります。
明治期は,民間の篤志家が慈善事業を担います。
国が積極的に関与するようになったのは,大正期の米騒動です。
大正期は,第一次世界大戦により,日本はうるおい,その後の不況を体験した時期です。
大正期には,現在の厚生労働省の起源となる内務省に救護課が設置されています。
こういった意味で,大正期は転換点と言えるでしょう。
第37回・問題20
大正期の社会事業に関する次の記述のうち,最も適切なものを1つ選びなさい。
1 感化法が制定された。
2 中央慈善協会が設立された。
3 恤救規則が制定された。
4 大阪府で方面委員制度が創設された。
5 石井十次によって岡山孤児院が設立された。
正解は,選択肢4の方面委員制度です。
この問題の元ネタ的なものはたくさんありますが,以下の問題もその一つでしょう。
第19回・問題1
我が国の慈善事業,社会事業に関する次の記述のうち,誤っているものを一つ選びなさい。
1 明治初年に政府がキリスト教の布教を許すと,キリスト教の影響を受けた慈善事業が活発に行われた。岩永マキの浦上養育院,石井十次の岡山孤児院,原胤昭の免囚保護所など,先駆的な実践が行われた。
2 明治20年代になると産業化が進み,労働者の貧困や都市下層社会の問題が発生した。こうした問題に対して,野口幽香らの二葉幼推園,片山潜のキングスレー館,山室軍平をリーダーとする救世軍による事業が展開された。
3 日露戦争後の社会不安の高まりに対して,内務省は感化救済事業講習会の開催を行う一方,中央慈善協会を設立させ,民間の慈善事業の育成と組織化を行った。
4 大正時代後半になると,デモクラシーの思潮が高まり,東京帝国大学セツルメント,恩賜財団済生会の設立,石井亮一による知的障害児施設の設立などが行われ,社会連帯を基盤とする新たな社会運動や社会事業が展開された。
5 日中戦争下の昭和13年に社会事業法が成立した。社会事業法により,民間の社会事業家が要望していた政府からの補助金が制度化されたが,その一方で政府の規制が強められるという側面もあった。
現在には存在しない「誤っているもの」を選ぶ問題です。
誤っているものは,選択肢4です。
石井亮一が滝乃川学園を設立したのは,明治期です。
4 大正時代後半になると,デモクラシーの思潮が高まり,東京帝国大学セツルメント,恩賜財団済生会の設立,石井亮一による知的障害児施設の設立などが行われ,社会連帯を基盤とする新たな社会運動や社会事業が展開された。