ナラティブ・アプローチの基盤となるのは,「人との対話によって現実は作られていく」という社会構成主義です。
「ドミナント・ストーリー」と呼ばれるクライエントがこれまでに作り上げてきた話(マイナス思考を含むもの)を対話によって,新しい世界(プラス思考を含んだもの)である「オルタナティブ・ストーリー」に書き換えていくことができるように支援するのが特徴です。
このアプローチの基本的態度は,ワーカーは何も知らないのでクライエントに教えてもらう「無知の姿勢」です。
技法としては,「問題の外在化」が知られます。
いずれにせよ,ナラティブ・アプローチの「ナラティブ」は「語り」を意味するものなので,クライエントとワーカーの対話を重視したものであることを押さえておくことが大切です。
それでは,今日の問題です。
第31回・問題101 事例を読んで,この場面におけるナラティブ・アプローチに基づくA生活相談員(社会福祉士)の応答として,最も適切なものを1つ選びなさい。
〔事 例〕
Bさん(85歳,男性)は,特別養護老人ホームに入所している。妻は10年前に亡くなっており,子どももいないため身寄りがない。Bさんは,話し相手もおらず,部屋に閉じ籠もりがちである。ある時,A生活相談員に対して,「生きていても仕方がない。早くお迎えがくればいいのに」と語った。
1 「そのような悲しいことは言わないでください」
2 「何があなたをそのような気持ちにさせるのか教えてください」
3 「奥さんの死がBさんの孤独を深めているのかもしれません」
4 「グループ活動に積極的に参加するといいと思います」
5 「この先,きっといいこともありますよ」
この中で,クライエントの語りを積極的に引き出すことにつながるワーカーの応答は,どれでしょうか。
そして,無知の姿勢になっていないものはどれでしょうか。
この問題は,それほど難しくないですが,ミスすることなく確実に正解するためには,こういった軸をもって問題を考える必要があります。
それでは解説です。
1 「そのような悲しいことは言わないでください」
クライエントの話したことを審判的な態度で返しています。
ナラティブ・アプローチに限らず,ほかの場面でも正解にはならない応答でしょう。
2 「何があなたをそのような気持ちにさせるのか教えてください」
これが正解です。クライエントの語りを引き出す応答になっているのは,この選択肢しかありません。
しかも「教えてください」という「無知の姿勢」を強調したものになっています。
3 「奥さんの死がBさんの孤独を深めているのかもしれません」
4 「グループ活動に積極的に参加するといいと思います」
5 「この先,きっといいこともありますよ」
この3つはいずれも「無知の姿勢」となっておらず,しかもワーカーが一人で答えを出しています。
この3つの中でうっかりすると間違ってしまいそうなのは,選択肢3です。
3 「奥さんの死がBさんの孤独を深めているのかもしれません」
ナラティブ・アプローチでなければ,明らかに間違いだとは言えないからです。
しかし,この問題は「生きていても仕方がない。早くお迎えがくればいいのに」と語ったことに対する応答です。
これまでの関係もあるかもしれませんが,たった一言で「奥さんの死がBさんの孤独を深めているのかもしれません」と考えることはできません。
また,仮に本当にそうだったとしても,この応答は何を期待しているのかわかりません。
ソーシャルワークは,極めて科学的なアプローチです。
次の一手,その先の一手,さらにその先の一手を考えながら,かかわっていくことが必要です。
〈今日の一言〉
今日の問題は,問題分類の「タクソノミーⅡ型」の典型例です。
タクソノミーⅡ型の問題は,知識を想起して,それをもとに考えて答えるものです。
この問題の場合は,ナラティブ・アプローチはどんなものであるかを知っていて,そこから事例に当てはめてて答えを出すものとなっています。
事例問題はやさしいと思っていると,足元をすくわれます。知識なしで正解できる事例問題はそんなにありません。