この科目は,多くの受験生は苦手としているのが現実でしょう。
しかし,近年では,難易度がとんでもなく高い問題はほとんどみられないので,高い得点を取ることは十二分に可能です。
今回は,標本調査を取り上げます。
標本調査とセットになるのは,全数調査です。
全数調査は,母集団すべてを調査するものです。
例えば,日本国民全員に対して実施される国勢調査が全数調査です。
全数調査は,母集団すべてを調査するので,母集団の性質を正しく知ることができます。
このことを「標本誤差を生じない」と表現します。
全数調査のメリットはずばり「標本誤差を生じない」ことです。
デメリットは,時間とお金がかかることです。
お金がかかることがデメリットなのは分かりますが,時間がかかることがデメリットになる理由はなぜでしょう?
最初に答えた人は2019年1月,最後に答えた人は2030年12月だったとしましょう。条件が変わりすぎます。
そこで,標本調査が用いられます。
標本調査は,偏りなく標本を抽出しないと母集団の性質を正しく知ることができません。
どんなに厳密な方法を用いて標本抽出を行ったとしても,全数調査ではないので,母集団とは若干のずれが生じます。
このことを「標本誤差」といいます。
標本抽出の方法には,無作為抽出(確率抽出)と有意抽出(非確率抽出)があります。
母集団の性質を正しく知るためには,無作為抽出でなければなりません。
標本誤差とセットになるものは,測定誤差です。測定誤差は,調査するときのミスです。ご記入などがあります。
全数調査でも測定誤差は生じます。
それでは,今日の問題です。
第23回・問題79 社会調査における標本抽出に関する次の記述のうち,正しいものを一つ選びなさい。
1 大きな駅の周辺で道行く人々の中から,何の意図も作為もなく偶然に出会った人々を集めて調査の対象者とすることは,無作為抽出の手法である。
2 確率抽出と非確率抽出とでは,非確率抽出によるサンプルの方が,母集団に対する代表性が高いサンプルといえる。
3 大きな母集団を対象に無作為抽出を行う際には,乱数表を使った単純無作為抽出が最も適している。
4 多段抽出は,単純無作為抽出に比べて,サンプルから母集団の特性値を推定する際の精度が下がる。
5 事前に母集団のいくつかの属性の構成比率が分かっている場合は,最も代表性の高いサンプルを獲得できるのは,割当法(クォータ・サンプリング)による標本抽出である。
確率抽出,非確率抽出,単純無作為抽出など,硬いイメージの文字が並んでいますね。
苦手な人は,これだけで嫌気がさすかもしれません。
単純無作為抽出は,最も抽出精度の高い方法です。
乱数表などを用いても,一つひとつを抽出していきます。母集団が100人くらいなら10×10の乱数表で済みますが,10,000人だったら100×100の乱数表を作らなければなりません。
現在は自動的に乱数表を発生させるPCソフトもありますが,10,000回抽出し続けるのは大変です。
ということで,話は長くなりましたが,単純無作為抽出は母集団が大きい場合は向きません。
それでは解説です。
1 大きな駅の周辺で道行く人々の中から,何の意図も作為もなく偶然に出会った人々を集めて調査の対象者とすることは,無作為抽出の手法である。
これは間違いです。
一見,無作為抽出だと思うかもしれませんが,そのままだと有意抽出になってしまいます。
なぜなら,大きな駅,例えば渋谷駅で調査を行ったとしても,渋谷駅を選んだこと,調査した時間,これらは意図的に行われています。
さらには,道を歩いていた人に調査を求めても,仕事に行く途中であれば,足を止める人はそんなにいないことでしょう。
足を止めてくれる人は「今日は仕事に行きたくない気分の人」だったり,何かの偏りがあるかもしれません。
2 確率抽出と非確率抽出とでは,非確率抽出によるサンプルの方が,母集団に対する代表性が高いサンプルといえる。
これも間違いです。非確率抽出は,無作為抽出ではありません。
母集団に対する代表性が高いサンプルは,無作為抽出である確率抽出です。
3 大きな母集団を対象に無作為抽出を行う際には,乱数表を使った単純無作為抽出が最も適している。
これも間違いです。
内容はさておき「最も適している」といったことは,世の中にはなかなかあるものではありません。
いくつかの方法を示して,その中で「最も適している」のなら分かります。
いくつかの方法を示さないで「最も適している」というのはあまりにも乱暴だと思いませんか?
内容的には,先述のように,単純無作為抽出は,大きな母集団には向きません。
4 多段抽出は,単純無作為抽出に比べて,サンプルから母集団の特性値を推定する際の精度が下がる。
これが正解です。
この中で最も難しい選択肢だったかもしれません。
しかし,最も精度の高い抽出法なのは,単純無作為抽出です。そのため,そのほかはすべて精度が下がります。
必要知識は「最も精度が高いのは単純無作為抽出」。これだけでOKです。
5 事前に母集団のいくつかの属性の構成比率が分かっている場合は,最も代表性の高いサンプルを獲得できるのは,割当法(クォータ・サンプリング)による標本抽出である。
これも間違いです。
これも難しいものかもしれません。
割当法は,母集団の成員の比率などが分かっている場合は,その比率に合わせて有意抽出します。
例えば,A市の有権者に対する世論調査を行う場合,A市の年代別,性別の比率に合わせて有意抽出します。
無作為抽出がまだ考案されていない時代には,割当法は母集団を推測するにも効果を発揮しましたが,結局は有意抽出なので,母集団との偏りが生じます。
有意抽出の具体的な抽出法は問われたことがないので,「割当法は有意抽出である」とだけ覚えておきましょう。
<今日の一言>
社会調査には,量的調査と質的調査があります。
量的調査は,母集団を推測するために行います。
母集団すべてを調べる全数調査がいつも優れているとは限りません。
標本調査を正しい手順で行えば,少ないサンプルでも事足ります。
そのための方法が,無作為抽出(確率抽出)です。無作為抽出でなければ,抽出した標本には母集団との隔たりを生じます。
質的調査は,観察やインタビューなどによってデータを集める方法で,ほとんどの場合は標本抽出は行いません。
それでは,今回から「社会調査の基礎」のディープで面白い世界を一緒に学んでいきましょう!!
はまりすぎないように気をつけましょう!!
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