第33回国家試験に向けてのカウントダウンが始まりました。
過去問は,学ぶべきポイントの宝庫です。
しかし,知識をつけるだけに使うのはあまりにももったいないです。
国家試験が終わった後の感想では「今年の出題傾向は変わった」と表現する人が多いようです。
過去問を解いていると,年度による出題の違いは感じないと思います。
受験した人は,「出題傾向が変わった」と思うのになぜだと思いますか?
多くの人が過去問を解くときには,新しい年度版の参考書も発売されていると思います。
新しい参考書には,新しく出題されたものも掲載されています。
そのため,問題を解くときには,その用語に慣れています。
第32回国家試験では,以下のような問題が出題されました。
第32回・問題8 次のうち,馴化による行動の記述として,適切なものを1つ選びなさい。
1 同じ大きな音が繰り返されるにつれて,驚愕反応が小さくなった。
2 乳児に新しいおもちゃを見せたら,古いおもちゃよりも長く注視した。
3 まぶたにストローで空気を吹き付けると,思わずまばたきした。
4 食あたりした後に,その食べ物を見るだけで吐き気がするようになった。
5 うまくできたら褒めることで,ピアノの練習に取り組むようになった。
馴化とは,刺激に慣れることをいいます。
初めて見るときはびっくりしたものでも,2回目に目にするときには,慣れています。
これが馴化です。
ソーシャルワークで,初回面接(インテーク)が重視されるのは,初回面接は特別なものだからです。
クライエントはワーカーに対して,どこまで話したらよいのだろう,この人は何をしてくれる人なのだろう,という気持ちを抱いています。
どんなにクライエントとの関係づくりが下手な人でも,2回目の面接は1回目よりも親しみを持ってもらっていると思います。
この問題の正解は,選択肢1です。
1 同じ大きな音が繰り返されるにつれて,驚愕反応が小さくなった。
人はさまざまな刺激に慣れると,初回の時のようなびっくり感は少なくなるでしょう。
国家試験も同様です。
国家試験は,毎年少しずつスタイルの違う問題が出題されます。
そういった意味では,「出題傾向が変わった」が本当なら,逆に「今年は新しい出題スタイルはなかった」というのが「出題傾向が変わった」ことだと言えます。
さて,今日のテーマは「第32回国家試験問題から解答テクニックを考える」です。
題材に以下の問題を紹介しましょう。
第32回・問題137 次のうち,子どもの権利に関する先駆的な思想を持ち,児童の権利に関する条約の精神に多大な影響を与えたといわれ,第二次世界大戦下ナチスドイツによる強制収容所で子どもたちと死を共にしたとされる人物として,正しいものを1つ選びなさい。
1 ヤヌシュ・コルチャック(Korczak,J.)
2 トーマス・ジョン・バーナード(Barnardo,T.J.)
3 セオドア・ルーズベルト(Roosevelt,T.)
4 エレン・ケイ(Key,E.)
5 ロバート・オーウェン(Owen,R.)
このような問題が出題されると「勉強不足だった」と思うかもしれません。
この問題の正解は,選択肢1です。
1 ヤヌシュ・コルチャック(Korczak,J.)
コルチャックのことを知っている人は,受験生の中にそれほどいたとは思いません。
完全な一見さんです。
しかし,第33回国家試験を受験する多くの人が手にする参考書には,コルチャックのことが掲載されるはずです。
そのため,なおのこと,この問題を見ても「馴化」しているでしょう。
驚きの気持ちはなくなっています。
さて,この問題を正解するためのカギは「歴史を知っているか」ではないかと思います。
ナチスドイツが迫害したのは,ユダヤ人です。
ユダヤ人の名前は,アインシュタインのように,一般的な英語圏とは違います。
1 ヤヌシュ・コルチャック
2 トーマス・ジョン・バーナード
3 セオドア・ルーズベルト
4 エレン・ケイ
5 ロバート・オーウェン
この中では,コルチャックさんがそれっぽいと言えます。
コルチャックさん以外は,いわゆる一見さんではありません。
バーナードさんは,石井十次さんが参考にしたバーナードホームの創設者です。
セオドア・ルーズベルトさんは,アメリカ大統領です。1909年の「ホワイトハウス会議」の声明は有名ですね。
エレン・ケイさんは,現在のカリキュラムの国家試験では出題されたことはありませんが,旧カリ時代には以下のような問題が出題されたことがあります。
第12回・問題101 次の人物と,実践の場と業績との組み合わせのうち,誤っているものを一つ選びなさい。
1 石井十次-------------岡山孤児院-------------無制限収容主義
2 ケイ(Ke y,E.)--------女性の権利擁護運動----児童の世紀
3 山室軍平-------------救世軍------------------里親制度
4 留岡幸助-------------家庭学校----------------感化教育事業
5 ジェブ(Jebb,E.)-----児童救済基金------------世界児童憲章
今はない「誤っているもの」を選ぶ出題です。
誤っているものを選ぶ問題は,正しいものを選ぶ問題よりも難易度が何倍も上がります。
誤っているものを選ぶものは,確実に誤っているものを一つ選ぶことができれば,正解することができます。
山室軍平は救世軍の日本の指導者ですが,里親制度に関連している人ではありません。
この問題では,ジェブが分からなくても正解できてしまいます。
ケイさんは,スウェーデン人で,英語圏の人ではありません。著書「児童の世紀」は,日本でも平塚らいてうの「青踏」で紹介されて,フェミニズムに大きな影響を与えています。
オーウェンさんは,第24回で
オーウェン(Owen,R.)は,人間の性格は環境によって形成されるという性格形成論を唱えた。
と出題されて正解となっています。
<今日の一言>
今日の問題では,英語圏の名前ではなさそうなものを選ぶという解答テクニックを使って正解にたどりつきました。
心に余裕がないとおそらくそういった答えの探し方はできないでしょう。
国家試験は,一見難しそうに見えても。正解できるように設計されています。
解答テクニックは,問題それぞれにあります。瞬時に推測することが必要です。
<おまけ>
第32回国試の文字数
約43,000字
前回から比べて,約2,300字増加しています。
第22回国試以降最も文字数が少なかった第30回から比べると,5,000字程度多くなっています。
それでも,最も多かった時から比べると格段に短い文章での問題となっています。
近年の問題しか見たことがない受験生にとっては,第32回の問題の文字数はとても辛いものとなったと予測しています。
第33回も第30回レベルまでには減らないと思います。
問題を解く訓練は,今まで以上に重要になることでしょう。
最新の記事
「ライフ」がつく用語の整理
今回は,「ライフ」がつく用語を学びます。 ライフスタイル 個々人の生き方や価値観のことです。 ライフイベント 進学,就職,結婚,子の誕生など,人生の中で重要な出来事(イベント)です。 ...
過去一週間でよく読まれている記事
-
問題解決アプローチは,「ケースワークは死んだ」と述べたパールマンが提唱したものです。 問題解決アプローチとは, クライエント自身が問題解決者であると捉え,問題を解決できるように援助する方法です。 このアプローチで重要なのは,「ワーカビリティ」という概念です。 ワー...
-
ソーシャルワークは,ケースワーク,グループワーク,コミュニティワークとして発展していきます。 その統合化のきっかけとなったのは,1929年のミルフォード会議報告書です。 その後,全体像をとらえる視座から問題解決に向けたジェネラリスト・アプローチが生まれます。そしてシステム...
-
ホリスが提唱した「心理社会的アプローチ」は,「状況の中の人」という概念を用いて,クライエントの課題解決を図るものです。 その時に用いられるのがコミュニケーションです。 コミュニケーションを通してかかわっていくのが特徴です。 いかにも精神分析学に影響を受けている心理社会的ア...
-
今回から,質的調査のデータの整理と分析を取り上げます。 特にしっかり押さえておきたいのは,KJ法とグラウンデッド・セオリー・アプローチ(GTA)です。 どちらもとてもよく似たまとめ方をします。特徴は,最初に分析軸はもたないことです。 KJ法 川喜多二郎(かわきた・...
-
人は,一人で存在するものではなく,環境の中で生きています。 人と環境を一体のものとしてとらえるのが「システム理論」です。 人は環境に影響を受けて,人は環境に影響を与えます。 人⇔環境 この双方向性を「交互作用」と言います。 多くのソーシャルワークの理論家が「人...
-
イギリスCOSを起源とするケースワークは,アメリカで発展していきます。 1920年代にペンシルバニア州のミルフォードで,様々な団体が集まり,ケースワークについて毎年会議を行いました。この会議は通称「ミルフォード会議」と呼ばれます。 1929年に,会議のまとめとして「ミルフ...
-
ノーマライゼーションとは,「ノーマル(普通)」の派生語で「ノーマル化する」という意味です。 「ノーマル化する」のは,障害者の生活です。 世界で最初にノーマライゼーションを提唱したのは,デンマークのバンク-ミケルセンです。 1950年代のデンマークでは,保護の名のもとに...
-
システム理論は,「人と環境」を一体のものとしてとらえます。 それをさらにすすめたと言えるのが,「生活モデル」です。 エコロジカルアプローチを提唱したジャーメインとギッターマンが,エコロジカル(生態学)の視点をソーシャルワークに導入したものです。 生活モデルでは,クライエントの...
-
今回は,ベヴァリッジ報告を取り上げたいと思います。 ベヴァリッジは,5大巨悪(5つの巨人)を以下の方法で根絶することを考えました。 窮乏 ➡ 社会保険制度 疾病 ➡ 保健・医療制度 無知 ➡ 教育・科学制度 不潔 ➡ 住...
-
繰り返しになりますが,ソーシャルワークは欧米生まれです。 なじみのない外国語がたくさん使われますが,苦手だと思うととても損です。 さて,今日のテーマは「ジェネラリスト・アプローチとは何だろう?」です。 まずは前回の復習からです。 ソーシャルワークは,ケースワーク,...