不法行為とは,他人の権利や利益を侵害する違法行為をいいます。
故意や過失によって不法行為を生じた場合は,民法によって被害者は加害者に対して損害賠償を請求することができます。
ただし,不可抗力によって生じた損害は除外されます。
対象になるのは,故意または過失によって生じた損害です。
これらは,本人の責任能力がある場合です。
今日のテーマは,本人が責任無能力者であった場合,不法行為の責任はだれが負うのか? です。
民法では,以下のように規定しています。
(責任能力) 第七百十二条 未成年者は、他人に損害を加えた場合において、自己の行為の責任を弁識するに足りる知能を備えていなかったときは、その行為について賠償の責任を負わない。 第七百十三条 精神上の障害により自己の行為の責任を弁識する能力を欠く状態にある間に他人に損害を加えた者は、その賠償の責任を負わない。ただし、故意又は過失によって一時的にその状態を招いたときは、この限りでない。 (責任無能力者の監督義務者等の責任) 第七百十四条 前二条の規定により責任無能力者がその責任を負わない場合において、その責任無能力者を監督する法定の義務を負う者は、その責任無能力者が第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、監督義務者がその義務を怠らなかったとき、又はその義務を怠らなくても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。 2 監督義務者に代わって責任無能力者を監督する者も、前項の責任を負う。 |
責任無能力者が,不法行為の責任を負わない場合は,監督義務者等がその責任を負うことになります。
それでは今日の問題です。
第29回・問題83 事例を読んで,関係当事者の民事責任の説明に関する次の記述のうち,最も適切なものを1つ選びなさい。
〔事 例〕
1 Lが認知症であれば民法713条が定める責任無能力者として免責されることになるので,LのMに対する不法行為責任は成立しない。
2 LのMに対する不法行為責任が認容される場合には,Vに民法714条の法定監督義務者責任を理由とする不法行為責任は成立しない。
3 LがAに不法行為責任に基づく損害賠償請求をする場合に,Vに民法715条の使用者責任に基づく損害賠償請求を併せて行うことはできない。
4 LがVに債務不履行責任に基づく損害賠償請求をする場合に,Vに民法715条の使用者責任に基づく損害賠償請求を併せて行うことはできない。
5 VがAの使用者責任に基づきLに損害賠償を支払った場合でも,VがAに求償することはできない。
午前中最後の問題がこれです。入れ込んだ事例問題なので,読むのも面倒です。
時間との闘いの中,この問題をゆっくり読むことは難しいでしょう。
以下は,この問題にたどり着いたときに,時間が比較的残っていた場合の対応法です。
問題の横に以下を書き出します。
V 社会福祉法人
A ホームの職員
L 利用者
M ほかの利用者
このように書き出さないと,こんがらがります。
そして,事例に戻って確認することになるので,余計に時間がかかります。
時間がなければ,一回読んで,答えの見当がつかなければあきらめて,答えをマークします。
国試で絶対に避けたいのは,時間切れでマークできなかった問題が発生することです。
マークできれば,5分の1の確率で正解することができますが,マークできなければ,正解する確率はゼロです。
第31回国試以降,また徐々に問題の文字数が長くなる傾向にあるため,時間がなくなりやすいので,この辺りの対策は,確実に行っておくことが必要です。
それでは解説です。
1 Lが認知症であれば民法713条が定める責任無能力者として免責されることになるので,LのMに対する不法行為責任は成立しない。
認知症であっても,民法713条が定める責任無能力者ではありません。
責任無能力者は,「精神上の障害により自己の行為の責任を弁識する能力を欠く状態」です。
認知症の程度によって,責任無能力者になることもあるかもしれませんが,認知症であることをもって責任無能力者となるわけではありません。
2 LのMに対する不法行為責任が認容される場合には,Vに民法714条の法定監督義務者責任を理由とする不法行為責任は成立しない。
これが正解です。
法定監督義務者責任を負うのは,責任無能力者が不法行為の責任を負わない場合です。
この場合は,Lは不法行為責任があることが認められているので,V社会福祉法人は,法定監督義務者責任を理由とする不法行為責任は成立しないということになります。
なんと複雑な問題なのでしょう。午前中の最後の問題でなかったとしても,正解するのは難しいのではないでしょうか。
しかし,しっかり覚えておきましょう。
法定監督義務者責任を負うのは,責任無能力者が不法行為の責任を負わない場合
3 LがAに不法行為責任に基づく損害賠償請求をする場合に,Vに民法715条の使用者責任に基づく損害賠償請求を併せて行うことはできない。
民法では使用者責任というものを規定しています。
使用者責任
(使用者等の責任) 第七百十五条 ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。 2 使用者に代わって事業を監督する者も、前項の責任を負う。 3 前二項の規定は、使用者又は監督者から被用者に対する求償権の行使を妨げない。 |
使用者責任が免責されるのは,相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときです。
この事例では,V法人がそういったことをしたという記載がないので,使用者責任が問われることになります。
4 LがVに債務不履行責任に基づく損害賠償請求をする場合に,Vに民法715条の使用者責任に基づく損害賠償請求を併せて行うことはできない。
この場合の債務不履行とは,「安全な介護を提供します」といったものだと考えられます。
ホームの職員Aが,利用者を正座させたり,叱り続けたりすることは,どんな理由があっても認められることはないでしょう。
安全な介護どころか,ひどい介護の提供です。債務不履行と言えるでしょう。
もちろん,選択肢3のようにV社会福祉法人は使用者責任も生じます。
5 VがAの使用者責任に基づきLに損害賠償を支払った場合でも,VがAに求償することはできない。
使用者責任として,
3 前二項の規定は、使用者又は監督者から被用者に対する求償権の行使を妨げない。
と規定しています。
つまり,職員は,利用者から損害賠償請求を起こされる可能性と同時に法人からも損害賠償責任を起こされる可能性があることになります。
高齢者施設での虐待報道がなされますが,そのあと,どのようなことになったのか,までの報道がなされることはほとんどないように思います。
今日の問題でわかることは,職員が虐待事件を起こした場合,施設側がその職員をきっちり指導していたことを証明できなければ,施設側も使用者責任を負うことになるということです。
<今日の一言>
今日の問題は,2017(平成29)年の1月に実施された国試で出題されたものです。
2016(平成28)年3月に,認知症で徘徊しているうちに,鉄道の軌道内に入り込み,その方が亡くなり,鉄道会社がその遺族に対して損害賠償を求めていた裁判の最高裁の判決が出されました。
この時の論点が「監督義務者責任」です。
この判決では,遺族を監督義務者として認められないとして,損害賠償請求を退けました,
しかし,監督義務者等として,認められた場合は,損害賠償しなければならない可能性があることを示したものでもあります。
これは,かなり影響の大きな話です。
そんなこともあり,第32回国試では以下のように出題しています。
第32回・問題80 成年後見制度に関する次の記述のうち,適切なものを1つ選びなさい。
1 子が自分を成年後見人候補者として,親に対する後見開始の審判を申し立てた後,家庭裁判所から第三者を成年後見人とする意向が示された場合,審判前であれば,家庭裁判所の許可がなくても,その子は申立てを取り下げることができる。
2 財産上の利益を不当に得る目的での取引の被害を受けるおそれのある高齢者について,被害を防止するため,市町村長はその高齢者のために後見開始の審判の請求をすることができる。
3 成年被後見人である責任無能力者が他人に損害を加えた場合,その者の成年後見人は,法定の監督義務者に準ずるような場合であっても,被害者に対する損害賠償責任を負わない。
4 判断能力が低下した状況で自己所有の土地を安価で売却してしまった高齢者のため,その後に後見開始の審判を申し立てて成年後見人が選任された場合,行為能力の制限を理由に,その成年後見人はこの土地の売買契約を取り消すことができる。
5 浪費者が有する財産を保全するため,保佐開始の審判を経て保佐人を付することができる。
注意したいのは,
3 成年被後見人である責任無能力者が他人に損害を加えた場合,その者の成年後見人は,法定の監督義務者に準ずるような場合であっても,被害者に対する損害賠償責任を負わない。
先の鉄道会社が起こした訴訟は,法定の監督義務者と認めなかったので退けられていますが,法定の監督義務者と認められた場合は,損害賠償責任を負うことになります。
法は人に対して時には牙をむくこともあります。
理不尽とかそういうことではなく,法とはそういうものです。
この問題の正解は,選択肢2です。