現在の民生委員制度の源流は,
1917(大正6)年,岡山県知事の笠井信一が創設した「済世顧問制度」
1918(大正7)年,小河滋次郎の協力で大阪府知事の林市蔵が創設した「方面委員制度」
です。これらは,ドイツで実施されていたエルバーフェルト制度を参考に創設したものです。
その後,1936(昭和11)年の方面委員令によって,法制化されました。
1946(昭和21)年の民生委員令が施行されて,現在の民生委員に改称されます。
そして,1948(昭和23)年に民生委員法が施行されて,現在に至ります。
ところで,方面委員が救護法の制定及び実施に大きな役割を果たしたことをご存じでしょうか。
わが国では,1874(明治7)年にできた恤救規則が長らく救貧制度の中心でした。
その後,何度か法案が提出されますが,すべて廃案となっています。
そこで,新しい制度の成立に動き出したのが,全国の方面委員たちです。
その活動が実って,1929(昭和4)年,救護法が成立します。
しかし,法律ができても財政不足からすぐ実施されることはありませんでした。
そこで動き出したのがまたもや方面委員たちです。
方面委員たちが皇居に向かってお辞儀する姿の写真が残されています。この写真を撮った後に「救護法実施請願ノ表」を天皇に上奏しました。
ここで,制定と実施に向けて動いた人物を紹介しておきます。
日本資本主義の父と呼ばれる渋沢栄一です。
渋沢は,中央慈善協会の初代会長としても知られていますが,全日本方面委員連盟の初代会長も務め,救護法の制定に向けた活動を政府に向けて行いました。
1930(昭和5)年,病気で寝ていた渋沢の元に方面委員たちが訪れて,「実施に向けて動いてほしい」と頼みました。
渋沢はその頼みを快諾し,主治医が止めるのも聞かず,政府の幹部に請願に出かけたそうです。この時90歳でした。
渋沢の活動も功を奏し,競馬法を改正して財源を確保し,1932(昭和7)年,実施されることが決まりました。
しかし,渋沢は,救護法の実施を見ることなく,1931(昭和6)年,91歳で亡くなりました。
もしかすると競馬法の改正というアイディアは渋沢が考えたものかもしれませんね。
方面委員,そして渋沢が熱情を注いだ救護法に少し触れておきたいと思います。
救護機関 → 市町村
補助機関 → 方面委員
補助機関とは,救護を実際に行う者です。
その後,旧生活保護法では,民生委員と名が変わっていますが,引き続き「補助機関」,現生活保護法では,「協力機関」となっています。
現生活保護法で,民生委員に変わって「補助機関」となったのは,社会福祉主事です。
それでは,今日の問題です。
第30回・問題31 民生委員制度に収斂されることになる戦前の方面委員等の仕組み(以下,「方面委員制度」という。)に関する次の記述のうち,正しいものを1つ選びなさい。
1 「方面委員制度」は,イギリスの慈善組織協会(COS)よりも早く始まっていた。
2 「方面委員制度」は,方面委員令によって創設された。
3 「方面委員制度」は,恤救規則を実施するための補助機関とされた。
4 岡山県済世顧問制度に続き,大阪府で方面委員制度が設置された。
5 大阪府の方面委員制度は,河上肇を中心に立案された。
実に面白い問題です。
うまく作った問題だと思います。
それほど難易度が高いわけではありませんが,正解するのはそれほど簡単ではありません。
なぜなら,日本語的に消去できる選択肢がないからです。
国試は日本語の問題だ
という人がいます。
確かに日本語的に解ける問題もあります。
しかし,今日の問題のような日本語的に解けない問題で得点できないと,絶対に合格基準点を上回ることはできません。
これは断言できます。
それでは,解説です。
1 「方面委員制度」は,イギリスの慈善組織協会(COS)よりも早く始まっていた。
イギリスのCOSを絡めて出題するところが実に面白いです。
イギリスのCOSはいつだっただろうと思う人もいるでしょう。
ロンドンにできたCOSは,1869年です。
外国と時代を重ねてみると
済世顧問制度ができた1917年は,M.リッチモンドが『社会診断(Social Diagnosis)』を出版した年です。
2 「方面委員制度」は,方面委員令によって創設された。
1936(昭和11)年の方面委員令は,方面委員を法制化したものです。
3 「方面委員制度」は,恤救規則を実施するための補助機関とされた。
方面委員が補助機関とされたのは,方面委員や渋沢栄一らが心血を注いだ救護法です。
4 岡山県済世顧問制度に続き,大阪府で方面委員制度が設置された。
これが正解です。
うまく済世顧問制度と方面委員制度を出題したものだと思います。
5 大阪府の方面委員制度は,河上肇を中心に立案された。
河上肇は,最近はあまり出題されませんが,貧困の実態のルポルタージュである『貧乏物語』の著者です。
今日の問題は第30回の国試問題です。第30回国試は,2017年度に実施されたものです。
2017年は,済世顧問制度が創設されて100年の年でもありましたが,実は,『貧乏物語』が出版されて,100年の年でもありました。
こういった小ネタを絡めているところも面白い問題だと思います。