ずっと第26回国試を見てきています。
なぜこんな古い問題を引っ張ってきているのか不思議に思っている人もいるでしょう。
直近3年間の国試よりもそれ以前の国試から同様の問題が出題されることが多い傾向があります。それに加えて,第26回は仕切り直しの回です。
第25回の反省でスタンダードな出題が多いために,過去問を使っての勉強にとても向いた問題がそろっています。
それでは,今日の問題です。
第26回・問題66
生活保護法で規定されている被保護者の権利及び義務に関する次の記述のうち,正しいものを1つ選びなさい。
1 被保護者は,給付される保護金品に対して租税その他の公課を課せられることがない。
2 被保護者が文書による指導・指示に従わない場合は,保護の実施機関は直ちに保護の停止・廃止の処分を行わなくてはならない。
3 収入,支出その他生計の状況について変動があったときは,速やかに被保護者の住所地を担当する民生委員に届け出なければならない。
4 被保護者は,絶対的扶養義務関係にある同居の親族に限り,保護を受ける権利を譲り渡すことができる。
5 被保護者が生活の維持向上に向けて努力を怠っていると認められる場合は,福祉事務所長はその費用の全部又は一部を,その者から徴収することができる。
よくぞここまでスタンダードな問題をそろえたと思います。
第25回では,本来合格すべき実力をもった人も不合格になった国試です。
それでもあきらめることなく,勉強を続けて受験した人はとてもよい点数で合格しました。
スタンダードな問題をそろえたのは,前回のしょく罪であったように思えます。
それ以来,勉強した人は得点できるような出題が続いています。良い時代になったものです。
だからと言って勉強不足の人を簡単に合格させてくれるような試験ではないことは間違いありません。
被保護者の権利及び義務
不利益変更の禁止
被保護者は,正当な理由がなければ,既に決定された保護を,不利益に変更されることがない。
公課禁止
被保護者は,保護金品を標準として租税その他の公課を課せられることがない。
差押禁止
被保護者は,既に給与を受けた保護金品又はこれを受ける権利を差し押えられることがない。
譲渡禁止
保護又は就労自立給付金の支給を受ける権利は,譲り渡すことができない。
生活上の義務
被保護者は,常に,能力に応じて勤労に励み,自ら,健康の保持及び増進に努め,収入,支出その他生計の状況を適切に把握するとともに支出の節約を図り,その他生活の維持及び向上に努めなければならない。
届出の義務
被保護者は,収入,支出その他生計の状況について変動があつたとき,又は居住地若しくは世帯の構成に異動があつたときは,すみやかに,保護の実施機関又は福祉事務所長にその旨を届け出なければならない。
指示等に従う義務
①被保護者は,保護の実施機関が,被保護者に対し,必要な指導又は指示をしたときは,これに従わなければならない。
②保護施設を利用する被保護者は,保護施設の管理規程に従わなければならない。
③保護の実施機関は,被保護者が義務に違反したときは,保護の変更,停止又は廃止をすることができる。
④保護の実施機関は,保護の変更,停止又は廃止の処分をする場合には,当該被保護者に対して弁明の機会を与えなければならない。この場合は,あらかじめ,当該処分をしようとする理由,弁明をすべき日時及び場所を通知しなければならない。
費用返還義務
被保護者が,急迫の場合等において資力があるにもかかわらず,保護を受けたときは,保護に要する費用を支弁した都道府県又は市町村に対して,すみやかに,その受けた保護金品に相当する金額の範囲内において保護の実施機関の定める額を返還しなければならない。
覚えるべき項目はこれだけです。
これをもとに詳しくみていきましょう。
1 被保護者は,給付される保護金品に対して租税その他の公課を課せられることがない。
公課禁止です。これが正解です。
2 被保護者が文書による指導・指示に従わない場合は,保護の実施機関は直ちに保護の停止・廃止の処分を行わなくてはならない。
指示等に従う義務④保護の実施機関は,保護の変更,停止又は廃止の処分をする場合には,当該被保護者に対して弁明の機会を与えなければならない。この場合は,あらかじめ,当該処分をしようとする理由,弁明をすべき日時及び場所を通知しなければならない。
「直ちに」ではありません。「弁明の機会」が与えられています。
よって×。
職権保護は現行法に残っていますが,それは国民の権利を擁護するためのものです。指示等に従う義務のこの項も国民の権利性を色濃く出していると思いませんか?
生活保護法は憲法第25条の生存権規定に基づくものです。直ちに保護の停止・廃止の処分を行うことはありえません。
3 収入,支出その他生計の状況について変動があったときは,速やかに被保護者の住所地を担当する民生委員に届け出なければならない。
届出の義務
被保護者は,収入,支出その他生計の状況について変動があつたとき,又は居住地若しくは世帯の構成に異動があつたときは,すみやかに,保護の実施機関又は福祉事務所長にその旨を届け出なければならない。
よって×。
余談です。
法律用語には,
①ただちに
②すみやかに
③遅滞なく
があります。
最もスピードが求められるのは「①ただちに」です。届出の義務は「②すみやかに」です。なるべく早く,という意味です。こんなところにも権利性が見えてきます。
「③遅滞なく」は,福祉計画でよく見られます。滞りなく,という意味でスピードは求められません。「遅滞なく都道府県知事に提出しなければならない」といった具合です。少々遅くても提出すればよいわけです。
保護を受けることが国民の権利だったなら「遅滞なく」でも良いのでは,と思われるかもしれません。
しかし,「遅滞なく」では,「少々遅くても」の少々の範囲があいまいなので,被保護者の現況を把握するためには,不適切なのです。
4 被保護者は,絶対的扶養義務関係にある同居の親族に限り,保護を受ける権利を譲り渡すことができる。
譲渡の禁止
保護又は就労自立給付金の支給を受ける権利は,譲り渡すことができない。
誰に対しても譲渡することはできません。よって×。
5 被保護者が生活の維持向上に向けて努力を怠っていると認められる場合は,福祉事務所長はその費用の全部又は一部を,その者から徴収することができる。
指示等に従う義務及び費用返還義務はありますが,被保護者が生活の維持向上に向けて努力を怠っているからといって,返還しなければならない,という規定ありません。
今日の問題はとても優れているものだと思います。
まず1つめの選択肢です。
公課禁止は,生活保護は,最低限度の生活保障(ナショナルミニマム)なので,税金が課せられると最低限度の基準を下回ってしまうからです。
ここで「あれ?」と思う人もいると思います。
あれとは消費税のことです。
この問題をクリアするためには
①受給者証を示して,消費税を免除する
②あらかじめ消費税分を多く給付しておく
といった方法が考えられます。
日本政府が選んだ方法は②です。
生活保護法に照らし合わせると消費税も払うことは必要とされない,と考えられます。
しかし日本の官僚は極めて優秀なので,効率的な手法を考えます。
それが②の方法です。個別対応で免除するのではなく,先に消費税分を多く給付しておけば,個別対応する手間が必要なくなります。福祉政策を国民に受け入れやすくするためには工夫が必要です。
①を選択すれば,「私は被保護者です」と宣言することになり,スティグマ感を強めることになります。さらに各事業所では,一般世帯と被保護世帯に対して別の対応が必要となり,課税システムが複雑となります。
公課禁止から考えると,被保護者から消費税徴収は整合性はないと言えるのかもしれませんが,それを荒立てても誰の利益にはなりません。
2つめの選択肢
被保護者が文書による指導・指示に従わない場合は,保護の実施機関は直ちに保護の停止・廃止の処分を行わなくてはならない。
保護を受けることは国民の権利です。権利を突然奪うことはあり得ません。
ちゃんと弁明のチャンスを与えることによって,国民の権利を守っているのです。
今日の問題を教材に学生に考えさせる教員もいることでしょう。国試はいろいろ学ぶ情報の宝庫です。
今日の問題で,考えておきたいものは5つめの選択肢です。
被保護者が生活の維持向上に向けて努力を怠っていると認められる場合は,福祉事務所長はその費用の全部又は一部を,その者から徴収することができる。
法制度にあいまいさがあると「ストリートレベルの官僚」(法を実行する官僚)の恣意的な運用を認めてしまうことになります。
「被保護者が生活の維持向上に向けて努力を怠っている」とストリートレベルの官僚がどのように判定するのでしょうか。
法はこのようなあいまいさは許されません。
もしそのようなあいまいさが残る法は,極めて危険なものとなります。
生活保護は,最低限度の生活保障です。給付される額は最低限度の生活を守るためのものです。もしそこから徴収するようなことがあれば,「あなたは努力していないので,生きる権利はありません。死になさい」と言っていることと同じです。
社会福祉士の国試には,医師の国家試験にあるようないわゆる「ドボン問題」(合格基準点に到達していても間違っていたら不合格とする問題のこと)はありません。
しかし,もしドボン問題を設定するなら,この選択肢でしょう。
今日の問題自体は決して難しくはありませんが,実は社会福祉士としての資質を問う問題だと考えられます。