2018年8月31日金曜日

貧困のとらえ方~その1

今回から科目は「低所得者に対する支援と生活保護制度」に移ります。

「更生保護制度」を除くと,学ばなければならない法制度が最も少ないのはこの科目です。


基本的には,

生活保護法

それに加えて

生活困窮者自立支援法
ホームレス自立支援法

の3つしかありません。

しっかり勉強すれば確実に点数が取れる科目です。

それにもかかわらず,あまり得意ではないと思っている人も多いようです。

その理由は,歴史と人名がかかわってくるからでしょう。

しかしそれらは極めて限定されています。

歴史は,恤救規則,救護法,旧・生活保護法,現・生活保護法の違い

人名は,貧困の発見と貧困の再発見

たったこれだけです。

極めて内容が限定されています。

メインである生活保護法でさえ,改正はめったにある制度ではありません。

そういったところでは,法制度系の科目の中では,過去問が有効に使えるものと言えるでしょう。

この科目の入り口である「貧困をどのようにとらえるか」を考えていきたいと思います。
貧困は,人の福祉ニーズの中では,最も古いものです。

特に近代化は貧困との闘いの歴史だと言えるでしょう。

まずは,人々は,貧困をどのようにとらえてきたのかを考えていきたいと思います。

それでは早速今日の問題です。

第22回・問題56 貧困に関する次の記述のうち,正しいものを一つ選びなさい。

1 エンゲル(Engel,E.)は,家計調査に基づき,飲食物費が家計支出に占める割合が高いほど最低生活が充足されているとした。

2 ラウントリー (Rowntree,B.S.)は,貧困調査において,貧困をその程度に応じて第一次貧困と第二次貧困に区分した。

3 ウェッブ夫妻 (Webb,S.&B.)は,労働調査を通して「貧困の再発見」をした。

4 ルイス(Lewis,O.)は,貧困の多様性・広汎性・複合性を「相対的剥奪」という概念で整理した。

5 セン(Sen,A.)は,人々の社会への関与が遮断されている状態を指して,「社会的排除」という概念を提唱した。

歴史と人名が苦手な人にとっては,ダブルパンチを受けるような出題かもしれません。

しかし,この科目だけで学ぶものは一つもありません。

つまり特に勉強せずとも,歴史と人名は他の科目でしっかり押さえておけば,ケアできる領域なのです。

それでは,解説です。


1 エンゲル(Engel,E.)は,家計調査に基づき,飲食物費が家計支出に占める割合が高いほど最低生活が充足されているとした。

エンゲルは,エンゲル係数で知られます。

飲食物にかけるお金はどの家庭でもそれほど大きく違わないというところに着目しました。

収入が多ければ飲食物代の割合が下がり,少なければ割合が上がる,ということです。

この設問では,割合が高いほど最低生活が充足されている,と書いてありますが,割合が高ければ,飲食物代以外に使えるお金が少ないことを意味します。よって間違いです。


2 ラウントリー (Rowntree,B.S.)は,貧困調査において,貧困をその程度に応じて第一次貧困と第二次貧困に区分した。

これが正解です。

ブース,ラウントリーが行った19世紀後半から20世紀の初めに行った貧困調査は,極めて重要です。

絶対に覚えなければなりません。

ブースが行ったロンドン市民に対する調査では,実に30%もの市民が貧困線以下の生活を送っていることを明らかにしました。

しかもそれまで貧困は本人の問題だと考えられていたものが,この調査で雇用,環境の問題が貧困を原因であることを明らかにしたのです。

ラウントリーが行ったヨーク市の貧困調査は,マーケットバスケット方式と呼ばれる生活費を積み上げて,最低生活に必要な収入を割り出しました。

これによって,肉体をいしできるギリギリの貧困である第一次貧困と飲酒やギャンブルをしなければ何とか生活できるレベルの貧困である第二次貧困という概念を生み出しました。



この二つの貧困調査は,貧困に関する考え方を大きく変えることになり,「貧困の発見」と呼ばれます。ここから歴史は大きく変わっていきます。


3 ウェッブ夫妻 (Webb,S.&B.)は,労働調査を通して「貧困の再発見」をした。

さて,歴史を大きく変えるきっかけを作ったのは,ブース,ラウントリーの貧困調査でした。

それを福祉政策に組み入れることを考えたのは,ウェッブ夫妻です。

イギリスは今でも二大政党制となっており,ウェッブ夫妻の夫のほうであるシドニーは,労働党の支持母体であるフェビアン協会の設立者の一人です。

ウェッブ夫妻は,国が国民の最低生活を保障するという「ナショナルミニマム」という考え方を20世紀初頭に発表しました。

これがその後ベヴァリッジ報告の中で展開されて,イギリスの福祉国家を作り上げていきました。

貧困の再発見はもう少し先の話,1950年代にタウンゼントなどによってなされます。


4 ルイス(Lewis,O.)は,貧困の多様性・広汎性・複合性を「相対的剥奪」という概念で整理した。

ルイスは,「貧困の文化」という本を出版し,1960年代にベストセラーとなり,その当時大きな支持を集めました。メキシコの数家族だけを見て書いたものなので,普遍性があるかどうかは分かりません。

ルイスによる「貧困の文化」とは,貧困の文化は受け継がれるというものです。

貧困生活を送るとその文化を享受し,貧困生活から抜け出そうとしないことを貧困の文化と名付けました。

相対的剥奪はタウンゼントの貧困の概念です。よって間違いです。

これによって相対的貧困という周りのレベルと比べることでの貧困という新しい概念が生まれてきます。


5 セン(Sen,A.)は,人々の社会への関与が遮断されている状態を指して,「社会的排除」という概念を提唱した。

A.センは,ケイパビリティ・アプローチという概念を作り出した人です。

ものがあるかないかではなく,福祉的自由を使えないことを貧困としたのです。近くに働く場所がないために遠くに出稼ぎに出ることで家族に一緒にいることができないといったことを貧困と考える最も新しい貧困観です。

社会的排除は,1980年代にヨーロッパで生まれたものです。

今日は,歴史を取り上げましたが,実はこんな出題はこの科目ではほとんどされていません。

カリキュラムが新しくなった年の出題なのではりきったのではないでしょうか。

しかし,とてもよい問題だと思います。

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