「現代社会と福祉」は,10問出題される科目です。10問科目は,他に「地域福祉の理論と方法」「高齢者に対する支援と介護保険制度」があります。
7問科目に比べると,若干つっこんだ出題や出題基準のどこに相当するのか不明確な出題があるのが特徴とも言えます。
さて,今回は,ニーズのとらえ方の上級編です。
若干つっこんだタイプの問題だと言えるでしょう。
古典的な福祉ニーズは,窮乏(貧困)です。貧困は,古くから存在していました。
その時代は,宗教や篤志家による救済が行われて来ました。
貧困が社会問題化するのは,世界史的に言えば,イギリスの領主が羊を飼うために,小作人を領地から追い出した「エンクロージャー」です。
土地をなくした小作農は,仕事を求めてロンドンなどに集まります。しかし十分な賃金が得られず,スラム化していきます。
その後,産業革命がおこり多くの労働者を必要となりました。地方から都会に仕事を求めて多くの労働者が集まってきますが,今の時代と違って,労働者を保護するような法制度はありません。
アダムスは,「神の見えざる手」という言葉で,価格は,需要と供給のバランスによって決まると考えましたが,実際には,神の見えざる手は,資本家のあざとい企みによって,機能しませんでした。
本来なら,労働力が不足すると,賃金は上がるはずです。しかしそれは自由競争が行われている場合です。資本家が結託してしまえば,神の見えざる手は働くなります。
この場合の「資本家の結託」とは,労働者の賃金を資本家たちの合意で決めてしまうことです。労働力の闇カルテルと言えるでしょう。
古典的な自由主義は,資本家と労働者という2つの層を大きくしていくことになります。
資本家はただ搾取していたわけではなく,慈善事業を行いますが,構造は変化するものではありません。
国家が国民の最低限度の生活を保障するという考え方が出てくるのは,20世紀に入ってからです。
その間に,資本家と労働者の対立が激しくなっていき,共産主義思想が誕生します。
そこでマルクスは,国家体制を資本主義と共産主義に分類したうえで,共産主義の方が高い次元のものであると考えました。
ロシア革命が起きて,世界初の共産主義国家が誕生します。
資本主義国家も変貌し,社会保険が誕生していきます。
現代では,先述のように,国家が国民の最低限度の生活を保障するナショナルミニマムによって多くの国は運営されるようになってきました。
所得保障は,古典的な窮乏(貧困)のニーズを充足するためのものです。
現代は,最低限度の生活保障がなされてもまだ充足できないニーズがたくさん出てきています。
そのために,どのようにニーズを判定するのかは,かつてないほど複雑かつ高度なものとなってきているのです。
さて,前説はこのくらいにして,今日の問題です。
第25回・問題25 人間のニードをめぐる諸理論に関する次の記述のうち,正しいものを1つ選びなさい。
1 スミス(Smith,A.)は,『諸国民の富』(1776年)において,人間にとっての必需品は,どのような社会においても変わらない内容をもつものであると論じ,そのような共通性が自由競争市場の基盤であると主張した。
2 マルクス(Marx,K.)は,「ゴータ綱領批判」(1875年)において,人間のニード充足における資本主義の特性を論ずるなかで,人間のニードは個々人の能力に応じて充足されるべきであると主張した。
3 マズロー(Maslow,A.)は,「人間の動機の理論」(1943年)において,人間の基本的ニードが5種類の要素に分類され,それらは相互に関連しあっているために人間は総合的な発達を遂げると論じた。
4 セン(Sen,A.)は,「財と潜在能力」(1985年)において,人間のニード充足を財の消費からもたらされる効用によって定義する学説を批判して,達成できる機能の集合である潜在能力(capabilities)によって評価すべき,とする理論を提唱した。
5 ドイアル(Doyal,L.)とゴフ(Gough,I.)は,「ヒューマンニードの理論」(1991年)において,基本的ニードは人間が自己善を追求する上で妨げとなる重大な侵害を避けるために必要とするものであるため,本質的に主観的かつ相対的であると論じた。
上級編というだけあって,ものすごく難しいと思うでしょう。
それでも,丁寧に考えると答えは出てきます。
解説します。
1 スミス(Smith,A.)は,『諸国民の富』(1776年)において,人間にとっての必需品は,どのような社会においても変わらない内容をもつものであると論じ,そのような共通性が自由競争市場の基盤であると主張した。
アダムスは,公民で習ったことがあると思います。今日の問題は上級編ですから,アダムス=国富論=神の見えざる手,といった覚え方では答えを引き出すことはできません。
アダムスが論じた「神の見えざる手」は,価格は需要と供給によって決まる,という考え方です。
必需品は,季節によっても変わります。必需品は変わります。よって間違いです。
資本家が必要なのは労働力,労働者が必要なのは賃金です。労働者は労働を商品として賃金を得ます。本来なら需要が多ければ,商品の価格は上がるはずです。理論では自由競争社会ではそうなるはずですが,実際には理論通りにならないことが多いのが世の常です。
2 マルクス(Marx,K.)は,「ゴータ綱領批判」(1875年)において,人間のニード充足における資本主義の特性を論ずるなかで,人間のニードは個々人の能力に応じて充足されるべきであると主張した。
マルクスは「能力に応じて労働し,ニーズに応じて受け取ること」という理念である共産主義を提唱しました。
3 マズロー(Maslow,A.)は,「人間の動機の理論」(1943年)において,人間の基本的ニードが5種類の要素に分類され,それらは相互に関連しあっているために人間は総合的な発達を遂げると論じた。
マルクスが提唱した共産主義は,多くの労働者に受け入れられ,1917年にはロシア革命が起きます。その後の多くの共産主義国家が誕生しました。
労働者にとって理想的だった共産主義は,現在では多くの国が放棄しています。
なぜそうなってしまったのでしょうか。
その疑問を解くカギは,マズローの欲求段階説にあります。
マズローは,人間の欲求には5段階あり,低次の欲求が満たされると高度の欲求が生じると考えました。
この問題は「発達」と書かれていますが,発達理論ではないので間違いです。
マズローによると,最上階の欲求は「自己実現欲求」です。自分の目指す自分になりたいという欲求です。
自尊・承認欲求は,ある程度の競争があった方がより満たされます。テストで良い点数を取った,国試に合格した,などによってニーズは充足します。
共産主義で満たされるは,せいぜい3段階目である「所属と愛の欲求」ではないでしょうか。その上には自尊・承認の欲求があります。つまり人に認められたい,そのことによって自分の存在価値を見いだす,というものです。
共産主義は競争がない社会です。働いても働かなくても,認められなくても認められなくても同じ報酬が得られます。
そこで起きるのは「寡頭制の鉄則」です。集団が大きくなると少数派が多数派を支配するようになるという法則です。少数派である資本主義とは違った新しい支配層に認められることで自尊・承認欲求を満たそうとする人も出てくるでしょう。
しかし,働いても働かなくても同じ報酬が得られることは,経済発展にはつながりにくくなってしまいます。
一方,資本主義の国は,自由競争の中に規制を設け,そして所得の再分配という仕組みを作り出し,福祉国家に変貌を遂げていきました。
マズローの欲求段階説の最上位の欲求は,「自己実現欲求」です。現代の資本主義国家は自己実現欲求を満たしやすい国家体制だと言えるでしょう。
19世紀には労働者にとって理想的だった共産主義は,窮乏(貧困)を充足させるためには有効です。しかし人のニーズは経済的に豊かであるということにとどまりません。
4 セン(Sen,A.)は,「財と潜在能力」(1985年)において,人間のニード充足を財の消費からもたらされる効用によって定義する学説を批判して,達成できる機能の集合である潜在能力(capabilities)によって評価すべき,とする理論を提唱した。
アマルティア・センは,ケイパビリティ・アプローチを提唱した人です。センのケイパビリティ・アプローチは,財があるかないかという古典的貧困観とは違い,福祉的な自由を選択することができることが重要だと考えました。よって正解です。
例えば,愛する人のそばにいることが福祉的自由です。逆に愛する人のそばにいられないことが,貧困状態です。
5 ドイアル(Doyal,L.)とゴフ(Gough,I.)は,「ヒューマンニードの理論」(1991年)において,基本的ニードは人間が自己善を追求する上で妨げとなる重大な侵害を避けるために必要とするものであるため,本質的に主観的かつ相対的であると論じた。
最も難しいものは,この選択肢だと思います。4を正解にできなかった人は,本当に混乱したことでしょう。
ドイアルとゴフは,基本的ニードは客観的で絶対的なものだと提唱したそうです。
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